ラジオと音楽

ラジオから知った音楽のこと書いていきます

サウンドクリエイターズ・ファイル 2019年7月14日

 

今回もNOT WONKのボーカル&ギター加藤修平さん。 

 

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 北海道苫小牧を拠点にやっているバンドで最近3rdアルバム「Down the Valley」をリリースしました。NOT WONKは今年で9年目。加藤さんが高校生の頃から続けているバンドだそうです。今回は自分達がどんな音楽をやってきたか、過去作や聴いていた曲を紹介する回となりました。

  

bloodthirsty butchers(ブッチャーズ)という北海道出身バンドに影響受けたそうです。2013年「youth(青春)」というアルバムを出した年にボーカルの吉村秀樹さんが亡くなってしまって最後のアルバムとなってしまいました。

加藤さんはこのアルバムをお店で視聴した時に好きなSuperchunkというバンドにかなり近いなと思われたそうです。ブッチャーズが始まったときSuperchunkが活動していた時と被っていて(90年代始め頃)、むしろブッチャーズの方が凄いと思ったそうです。その頃、ブッチャーズは北海道にはおらず、北海道出身のバンドでこんなにパンクとかインディ・ロックな感じをやっている人がいるんだということに衝撃を受けたそうです。ブッチャーズ吉村さんは北海道留萌という所の出身だそうです。北海道の中でも都市部ではなく、漁業が盛んで、雪がたくさん降って、そんなに人口が多くない街だそうです。そういう街から出てきた人が札幌に行って、東京に行って、どうしてこういう音楽性になるんだろうと凄く不思議で、吉村さんは何を聴いているんだろう、聴いていたんだろうとか思ったそうです。加藤さんがブッチャーズのアルバムを買った時は吉村さんは亡くなってしまっていたので、聞くこともできず、答え合わせはできず、でもどうして何だろうというのが頭の中に残っていて、今でも吉村さんってどういう人だったんだろうとか、吉村さんって何なんだろうみたいなことをずっと考えているそうです。何であの当時札幌にいた人達はあのような音を出していたんだろうと。

「youth(青春)」の音は加藤さんが好きだったパンクとかインディ・ロックの音を完全に更新していると感じたそうです。海外の音楽を日本人が聴いて消化して、それを自分のものにして体現していく過程。それが借り物だったり、張り物だったり、流行りに乗ってるということでなくて本当に自分のものになって出てきている人の音楽。憧れを今でも抱いているそうです。

 

 

youth(青春)

youth(青春)

 

 

ブッチャーズとかeastern youthとかハードコアの音を貴重とした日本語のパンクというのが北海道の音ってよく道外の人が言ったりしますけど、住んでるとあんまりピンと来なかったりして。僕らも今回3rdアルバムを出してラジオとかでかけていただいたりとか、レビューを書いてもらったりとかして。僕は逐一見たり聴いたりしているんですけど、この間もライブが激しくて「きっと北海道だからeastern youthの影響を凄く受けてるんですよNOT WONKは」と言われていて。「そういう感じでもないんだけどな!」っていう感じもあって。これが北海道の音だとか、別にギターが北海道産でも何でもないし、これが北海道の音だって自分達的には全く思わないし。eastern youthbloodthirsty butchersもそんなこと思って音出してない!っていう。そういうのだけは僕も自覚している。絶対そうだろうなと思っているんですけど。

 

カテゴリーすると評論しやすいですからね。やられている方からすると何だ?という感じ何でしょうけど。

失礼ながら、私もNOT WONK聴いた時、eastern youthイメージしちゃいました。eastern youthが好きだというのもあるんですが。

ブッチャーズは初めて聴きましたけど、やっぱり似てるなと思っちゃいました。固定概念ですね。気をつけないと。

 

ここから加藤さんの長いお話と3rdアルバム「Down the Valley」のテーマを分かりやすく解説してくれています。

 

学校に行ったりとか、地方にいるといわゆるヤンキー文化みたいのがあったりして、そういうものに乗り切れなくて、やることがバンドしかなくって。やることっていうか自分が前のめりになれる、のめり込めるものというのが。まあ地方の人間だったら余計何ですけど、楽器を演奏したりとかバンドをやるっていうことでしかなくって。だからそういうところで乗り切れない人間がいるっていうのは当たり前の話だよなって。だからそこでガンガン・ガンガン前を向いていってもいいんですけど、そこで乗り切れない人間とか、前を向きたくても向けない人とかって凄く沢山いると思っていて、それは周りがどうとか言って、それに冷ややかな目を向ける人間ももしかしたらその一種なのかもしれないんですけど、て言うよりかはむしろ、なんか自分は「あの輪には入っていけないなぁ」とか、作られたそういうコミュニティみたいなものに入っていけない人っていると思うんです。そのコミュニティ自体が別に新しい人を排除しようとかいうつもりはないと思うんですけど、コミュニティってやっぱその中の人間にとってはそれがアイデンティティになったりして、人間同士の結束とかでユニティでなんかそれが強くなるっていうこともあると思うんですけど、そのコミュニティがあるが故に、外からの人間が入りづらい、オープンじゃないふうになってしまうこともあると思っていて。

僕はそういうのが凄く気持ち的に自分が好きなパンクとかそういうマインドとして、それはちょっと違うなと思っていて。

なんでかって言うと、間違いなく僕もそうですけど、地方に住んでいてバンドをやっていて、自分の好きなこととにかくやるってだけなんで、それでやっている人って間違いなく少数派なんですよ。世の中の流行りにもあんまり乗れないし、世の中の流行りが悪いとかそういうことでなくてなんか乗り切れない自分とか。時間はどんどん過ぎていっているんだけど、それに対応していない自分とか。という思いもあって。

そういう人ってもっと沢山いると思うんですけど。

色んな事情があったりとか。なるべくそういうところにオープンじゃないと、それはちょっとパンク・マインドみたいなところと反するなと思っていて。

札幌のアンダー・グランドのシーンでバンドが沢山集まった話とかは、いわゆる身内、乗りっていう感じでもなく誰でも入っていけるような空間っていう感じがしていて。そのバンドのことを知っていようが、知らなかろうが、そのバンドのバックグラウンドが分かるとか、分からないとか、そういのは置いておいて。同じ服装している必要もないし、同じようなことを考えている必要もないんだけれど、とにかくオープンだから皆んなが入っていけるという空間があるっていうのは、なんか自分が好きだった札幌のメロディックなバンドはいわゆるメインストリームで流行っていたメロコアみたいなものに対する、パンクはそのカウンターだという話はよくありますけど、その中でも細分化されているんだなっていう中で僕はそうじゃない方を選んでいるっていう気持ちで今もずっといて。

だから皆んなで楽しくやれるのもいいんですけど、だったら誰でも入ってこれるオープンな空間であったほうがいいと思っていて。

そういうことに結構着目しているというか強くそういうことを考えるようになった。

知らない人がいたりしたら山のてっぺんから谷の底まで下ってみないとどんな奴がいるか分かんないし、山の中腹から上ばっかり見ていても上に上がっていける人間ばっかりじゃないんで社会は。だから下の方にもしかしたら岩に隠れて誰かが足を引っ掛けてるかもしれないし、そういうところまでちゃんとケアって言ったらケアする側とされる側みたいな関係が出来てしまったりするけれど、そういう奴は皆んな一緒に次に行けるといいよねっていうというテーマで3rdアルバムを作りました。NOT WONKの3rdアルバムから「Down the Valley」。

 

凄く考えていて、優しくて、出会いを大切にして、自分を大切にして、自分のことを客観的にも見れて、加藤さんって素敵な人だなと思いました。

学生の頃の私は「のめり込める」ものがなかったですね。ギターもやったけど弾けなくて、まあ努力不足なんでしょうが。やり過ぎてもいないのに、左手おかしくなっちゃたりして。でも見つけようと貪欲な努力をしなかっただけで、なんかあったんだろうなって後悔はしてますね。やり直せないけど。

加藤さんが言う「オープンなコミュニティ」でなく「閉鎖的な孤独」を好んでいた気もします。ワガママなので。

ミュージシャンの人って自分の好きな道で生きてていいなぁと思っていたのですが、加藤さんの「少数派」「乗り切れない」っていう少しネガティブな表現はドキッとしました。リアルで正直な感じがしました。NOT WONK機会があれば見てみたいな。

 

 

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Down the Valley

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